運動学習を最大化する「キューイング」

「正しいフォームを丁寧に説明しているのに、クライアントの動きがどうしてもぎこちない」

「いろいろアドバイスしすぎて、相手にうまく伝わっていない」

セッションの現場で、このような経験をしたことはないでしょうか。

解剖学やバイオメカニクスの知識が豊富であるほど、トレーナーは多くの情報を言葉で伝えたくなります。しかし、「正しい知識を伝えること」と「相手に伝わること」は別物です。

クライアントの身体をスムーズに、狙い通りに動かすための鍵となるのが、キューイング(言語・非言語による指示出し)です。

この記事では、現場で迷わず適切な指示を出せるよう、キューイングを以下の3つの視点で体系的に解説します。

  • フォーカス|意識の向け先と表現
  • 感覚チャネル|伝達ルートの選択
  • タイミング|時系列のフィードバック設計
目次

フォーカス|どこを意識させ、どう表現するか

キューイングで重要なのは、運動中の意識をどこに向けさせるかという点です。

ここでは、2つの対比から考えてみましょう。

インターナル(内的)vs エクスターナル(外的)

インターナルキュー(内的焦点)

関節の動きや特定の筋肉の収縮など、身体の内部に意識を向けさせるアプローチです。

具体例

  • 「膝をしっかり伸ばして」
  • 「お腹に力を入れて体幹を固めて」

現場での使いどころ

身体感覚がまだ十分に身についておらず、使いたい筋肉や関節の位置を認識できていない初心者や、リハビリ初期の動作再教育などで活用できます。

エクスターナルキュー(外的焦点)

床や器具、バーベルの軌道、周囲の空間など、身体の外側にある環境や動作の結果に意識を向けさせるアプローチです。

具体例

  • 「床を真下に強く押し返して」
  • 「天井に向かってバーを押し上げて」

現場での使いどころ

運動学習の研究では、エクスターナルキューが動作の効率や再現性、運動パフォーマンスの向上につながることが報告されています。

動作をより自然に自動化させたい場合や、筋力・パワーの発揮を高めたい場合に活用できます。

ただし、どちらが適切かは種目や課題、クライアントの状態によって異なります。内的焦点と外的焦点を使い分けることが大切です。

明示的(Explicit)vs 暗示的(Implicit)

明示的アプローチ(直接的・論理的な表現)

身体の動きや関節の位置を、具体的な言葉で指示する方法です。

具体例

  • 「股関節を45度屈曲させて」
  • 「肘を90度に保って」

動作のポイントを明確に伝えられる一方、指示が多すぎると、クライアントが考えすぎてしまい、動きがぎこちなくなる場合があります。

暗示的アプローチ(比喩的・イメージによる表現)

比喩やイメージを使って、動作を直感的に理解してもらう方法です。

具体例

  • 「ロケットのように爆発して飛び上がって」
  • 「後ろの椅子にそっと腰掛けるように」

細かな身体操作を一つずつ考えさせるのではなく、動作全体のイメージを伝えることで、複数の筋肉や関節が連動した自然な動きを引き出しやすくなります。

ただし、比喩が抽象的すぎると、意図とは異なる動作につながることもあります。

クライアントが理解しやすく、実際の動作につながる表現を選ぶことがポイントです。

感覚チャネル|どの伝達ルートを用いるか

クライアントに情報を伝える方法は、言葉による説明だけではありません。

見本を見せる、声をかける、身体に触れて感覚を伝えるなど、複数の方法を使い分けることで、動作の理解を促しやすくなります。

ここでは、視覚・聴覚・触覚の3つに分けて考えます。

Visual(視覚):見本やデモを見せる

トレーナー自身が動作の見本を見せたり、目印となるマーカーやバンドを設置したりする方法です。

具体例

  • スクワットのしゃがみ方を実演する
  • 足の位置をマーカーで示す
  • フォーム動画を見せる

言葉だけでは伝わりにくい動作も、実際に見せることで理解しやすくなります。

Auditory(聴覚):口頭で指示を出す

声かけによって動作の方向性やタイミングを伝える方法です。

具体例

  • 「床を押して」
  • 「ゆっくり下ろして」
  • 「せーの、押し上げて」

説明が長くなると、クライアントが処理すべき情報が増えてしまいます。

特に動作中は、短い言葉やリズムを意識し、必要な情報をシンプルに伝えましょう。

Tactile(触覚):触れて感覚を伝える

ターゲットとなる筋肉や関節に軽く触れたり、チューブの張力を感じてもらったりする方法です。

具体例

  • 肩甲骨周辺に軽く触れて、意識する場所を伝える
  • 股関節周辺に触れて、動作の起点を意識してもらう
  • チューブの張力を利用して、力を発揮する方向を感じてもらう

例えば、「肩甲骨を寄せて」と言われても、肩甲骨の位置や動かし方が分からないクライアントもいます。

そのような場合、適切な場所に触れることで、身体の位置や動きに注意を向けやすくなります。

なお、身体に触れる際は、必ず事前にクライアントの同意を得てから実施しましょう。

タイミング|どのタイミングで伝えるか

どれほど適切な言葉でも、伝えるタイミングを誤ると、かえって動作を妨げてしまうことがあります。

キューイングは、動作の前・最中・後で役割を分けて考えることが重要です。

キューイングのタイミングと使い分け

タイミング役割と特徴最適なアプローチ具体例
Pre-Cue(動作前)集中を促し、動作の方向性を決める短くシンプルな指示「床を押し切る」「バーを胸に引く」
In-action Cue(動作中)動作の軌道修正やリズムの共有短い言葉やテンポのある声かけ「グッ」「そのまま」「ゆっくり」
Post-Cue(動作後)動作を振り返り、次のセットに向けて修正点を整理する良かった点と改善点を具体的に伝える「最初の3回は床をしっかり押せていました。4回目から腰が丸まったので、動画で確認してみましょう」

Pre-Cue:動作前に伝える

動作を始める前に、そのセットで意識してほしいポイントを伝えます。

ポイントは、指示を詰め込みすぎないことです。

例えば、スクワットであれば「床を押す」、ベンチプレスであれば「バーを押し上げる」など、動作の目的に合わせて短く伝えます。

In-action Cue:動作中に伝える

動作中は、クライアントが運動そのものに集中できるよう、必要最小限の声かけを心がけます。

例えば、動作のテンポを整えたいときは「ゆっくり」、力を発揮するタイミングを伝えたいときは「今!」など、短い言葉が役立ちます。

動作中に「肘の角度をもう少し内側に入れて、体幹を固めて……」と複数の指示を続けると、クライアントが処理しきれなくなる場合があります。

動作中はシンプルに、詳しい説明や振り返りは動作後に行うことを意識しましょう。

Post-Cue:動作後に振り返る

セットが終わったら、実際の動作を振り返り、次のセットで意識するポイントを整理します。

このとき、改善点だけでなく、良かった点も具体的に伝えることが重要です。

例えば、フォーム動画を見ながら、

「最初の3回は床をしっかり押せていました。4回目から腰が丸まっていたので、次はそこを意識してみましょう」

と伝えれば、クライアントは自分の動作を客観的に把握しやすくなります。

改善点を一度に伝えすぎず、次のセットで実践できるポイントに絞ることも大切です。

実践:ケーススタディ

ここまで解説した3つの軸を、実際のセッションでどのように活用するか考えてみましょう。

ケース:スクワットで骨盤が後傾し、立ち上がりが遅いクライアント

スクワットのしゃがみ込みで骨盤が後傾し、ボトムポジションからの立ち上がりにも時間がかかるケースを想定します。

STEP 1:Pre-Cue(動作前)

使用する感覚チャネル:視覚+触覚

まず、トレーナーがスクワットの動作を実演します。

そのうえで、クライアントの同意を得て股関節周辺に軽く触れ、動作の起点を意識してもらいます。

「ここから折りたたむように、股関節を曲げてしゃがみましょう」

このように、見本と触覚を組み合わせながら、動作のイメージを共有します。

STEP 2:In-action Cue(動作中)

使用する感覚チャネル:聴覚

切り返しから立ち上がる局面で、短い言葉を使って動作を促します。

例えば、

「下りたら……ロケット発射!」

と声をかけることで、立ち上がる動作をイメージしやすくします。

ただし、爆発的な動きが目的でない場合は、無理にスピードを上げる必要はありません。クライアントの能力やトレーニングの目的に合わせて調整しましょう。

STEP 3:Post-Cue(動作後)

使用する感覚チャネル:視覚+聴覚

セット終了後、撮影したフォーム動画を一緒に確認します。

「ボトムからの切り返しはスムーズでした。最後の2回は膝が内側に入っていたので、次は床を外側に押すイメージでやってみましょう」

このように、良かった点を伝えたうえで改善点を一つに絞り、次のセットにつなげます。

なお、骨盤の後傾や膝の動きは、必ずしも一律に修正すべきものではありません。可動域や身体の特徴、負荷、動作の目的などを踏まえて判断することが大切です。

まとめ:伝わるキューイングを身につける

優れたトレーナーに求められるのは、解剖学やバイオメカニクスの用語を流暢に語ることだけではありません。

クライアントが理解しやすい方法で、必要な情報を適切なタイミングで伝え、動作の改善につなげることが重要です。

そのために、次の3つの視点を意識してみましょう。

  • フォーカス: 身体の内側か外側か。直接的な指示か、イメージによる指示か。
  • 感覚チャネル: 見せる、言葉で伝える、触れて感覚を伝える。
  • タイミング: 動作の前に伝えるか、最中に伝えるか、終わった後に振り返るか。

すべてのクライアントに通用する万能なキューイングはありません。

同じ種目でも、クライアントの経験や身体感覚、その日のコンディションによって、伝わりやすい言葉は変わります。

まずは一つの指示を出し、相手の動きがどう変わるかを観察する。そして、必要に応じて表現や伝え方を変えてみる。

こうした試行錯誤の積み重ねが、クライアント一人ひとりに合った指導につながります。

「何を伝えるか」だけでなく、「どう伝えれば動きが変わるか」。

この視点を持って、日々のセッションでキューイングを磨いていきましょう。

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